感想『科学する探偵~名古屋から乱歩を支えた作家・小酒井不木の生涯~』

 名古屋市芸術創造センター演劇アカデミー修了公演『科学する探偵~名古屋から乱歩を支えた作家・小酒井不木の生涯~』、県外から観に行った物好きな不木ファンの感想でも書いておきますか。場面転換を繰り返し、過去と現在、虚構と現実を行き来する複雑な構成の物語で、しかも出演者多数。梗概を述べよと言われても「筋はよくわかりません」「前の方はあらかた忘れました」という情けない答えしか出てこない有様ですが。


 現実のエピソードとして取り上げていたのは例えばこんなところ。


江戸川乱歩、横溝正史、小酒井不木、名古屋での邂逅

合作組合・耽綺社の結成

自宅の庭に建てた研究室

昭和4年4月1日、不木逝去


 そこに資料が無いことを逆手にとり、想像を駆使してミステリ的なエピソードを織り交ぜてきたり。


乱歩と不木、文通の空白期間(大正15年のハロウィン)


 作品では乱歩と不木の間で交わされた書簡がたくさん使われています。たぶん資料として『子不語の夢』(皓星社)がめちゃくちゃお役に立ったことでしょう。小酒井不木書簡の翻刻を担当した者として、大変誇らしい気持ちになります。それはさておき、スランプで休筆した乱歩を励まし、合作への参加を呼びかけたり名古屋への移住を熱心に勧めて矢継ぎ早に手紙を送る不木と、それに対しほとんど何の返答も見せない乱歩――観客は一方的に送られるラブレターの朗読をひたすら聴かされているかのような場面に、いたたまれない気持ちにすらなったと思います。私はこの辺、かなり心を締めつけられました。


 作者のはせひろいちさんは登場人物に「小酒井不木の小説はつまらないんです」と言わせ、出演者の一人であり、やはり不木をモチーフとした舞台『人工恋愛双曲線』を書いた天野天街さんは自身の口で「不木の小説はつまらない」と言っている。しかし二人とも人物の魅力に負けて、作品には全く惹かれないのに不木を創作のモチーフに選んでしまう。そういう自らの趣味嗜好に対する理由のわからなさを劇作家としてとことん追いかけてみることにした結果が、この舞台作品だったのかもしれません。

 今回はせさんはその方法として、魅力をふんだんにたたえた小説を数多く生み出した天才・乱歩と、小説がつまらない不木という、自分に正反対の印象を与える二人が築いた親密な関係の意味を分析し、そこに何らかの答えを見出すことにしたのではないでしょうか。その追求の装置が「法廷」です。小酒井不木裁判、ものすごく面白かったです。


 この作品では登場人物として江戸川乱歩本人が出て来るのは当然として、彼の物語世界のキャラクタたちまでどんどん姿を現します。明智小五郎、二十面相、少年探偵団……乱歩世界の住人たちは不木の生み出したキャラクタたちとリンクして、二人の作家の小説世界はどんどん重なり、混ざり合ってゆきます。そして最後に、乱歩は不木の急死を受けて彼の遺志を継ごうと決意する。めざすは通俗探偵小説による読者拡大でしょうか、あるいは少年科学探偵のようなジュブナイルによる若い読者の獲得でしょうか。いや、遺志を継ぐとかいうのとは違う、江戸川乱歩でありながら小酒井不木にもなることを決意した、そんな誓いの場面に見えました。二人を結ぶ絆、そのキーワードはやっぱり「425(子不語)」です。

 エピローグとなる場面では、乱歩晩年の作品『指』(小酒井不木との合作『ラムール』のリメイク)が、乱歩のような小説を書きたいとずっと願っていた不木の思いに対する答えじゃないか、という解釈を提示していました。自慢ではないですが、私も同様のことを『子不語の夢』の論考で述べています。

 私が辿り着いた江戸川乱歩と小酒井不木の関係とは、よろけながらもずっと続いた二人三脚――二人で一つの影のようなイメージでした。今回の舞台で描かれた二人の姿もそのように映ったのですが、違うでしょうか。とてもロマンチックで、私はこの解釈が大好きです。手紙のやりとりで見たら七年に満たないくらいのつき合い、しかし『指』の発表まで数えたらおよそ三十七年です。江戸川乱歩と小酒井不木はそこまで共にあり続けた。今回の舞台を観て、私は改めてそう考えることにしました。

 いつか再演の機会があれば、また観に行きたいですね。


 あとは余談ですが、森下雨村や岡戸武平がシュッとし過ぎててイメージと全然違いました(笑)。

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江戸川乱歩全集を電子版で揃えようと思って

 2015年をもって著作権が消滅した江戸川乱歩、待ってましたとばかりにいろんな版元から作品集が刊行されました。今や電子書籍で乱歩全集をポケットに入れっぱなしの時代ですよ。
 しかし乱歩のテキストとしては、初出から丁寧に辿った光文社文庫版『江戸川乱歩全集』を推すか、それとも作者本人の手が入った最後の版である桃源社版『江戸川乱歩全集』を推すか、難しいところです。さあ電子書籍で乱歩を買いそろえようと思って、悩んだのはまさにここのところ。
 前者を取るなら光文社の『江戸川乱歩全集』電子書籍版を買えば良いし、後者ならば小学館の『江戸川乱歩電子全集』がそれに当たります。しかしどちらにも推すべき理由があるのでどちらかを落とすとなると、非常に悩ましい。

 で結局、今のところは小学館の『江戸川乱歩電子全集』で揃えることにしました。光文社文庫版はとりあえず紙で持っているというのもあるし、電子書籍版には注釈とゲスト執筆者によるコラム「私と乱歩」が収録されてないというのもマイナス要因。
逆に『江戸川乱歩電子全集』は、電子全集、とわざわざ名付けただけあって電子書籍であることのメリットを存分に活かしていて素晴らしい。何よりも各巻の付録の充実度は圧巻のひとこと。

 乱歩全集じゃないので今回は検討から外しましたが、集英社の『明智小五郎事件簿』も物語内の事件発生順に作品を収録してゆくという中々面白いチャレンジで、平山雄一さんの明智クロニクル含めてかなり食指が動く一品でありました。

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「紅蜘蛛綺譚」「龍門党異聞」上演プログラムその他情報

 日本芸術文化振興会ウェブサイトを通じて検索出来る、国立劇場所蔵資料。小酒井不木の戯曲作品が上演された際のプログラム、舞台脚本が収められているのでざっと紹介する。


東西新派大合同劇御名残り狂言
新守座(名古屋) 昭和2年1月15日-
内容:鴎:情話劇/中井苔杭作 紅蜘蛛奇譚:探偵秘話/小酒井不木作 蔦松葉のお葉/瀬戸英一作

東西新派大合同劇
八千代座(楠公前) 昭和2年2月1日-
内容:鴎:情話劇/中井苔抗作 紅蜘蛛奇譚:探偵秘話/小酒井不木作 馬賊芸者/音羽六藏作

東西新派合同劇:昭和二年二月興行
浪花座 昭和2年2月19日-26日
内容:浅草寺境内/眞山青果作 紅蜘蛛奇譚:探偵秘話/小酒井不木作 馬賊芸者/音羽六藏作

河合武雄、伊井蓉峰合同劇筋書
帝国劇場 昭和2年5月21日-30日
内容:龍門党異聞/小酒井不木作 恋の受難/平野止夫原作、三木葉一郎脚色 都島原/澤田撫松原作、眞山青果脚色

特別興行 河合武雄、伊井蓉峰合同劇
道頓堀・中座 昭和2年6月5日-19日
内容:龍門党異聞/小酒井不木作 時の氏神/菊池寛作 都島原/澤田撫松作、眞山青果脚色 証拠/関口次郎作

河合武雄、伊井蓉峰合同劇:帝劇女優村田嘉久子・河村菊江・特別加入出演
八千代座(楠公前) 昭和2年6月20日-24日
内容:龍門党異聞/小酒井不木作 時の氏神/菊池寛作 都島原/澤田撫松作、眞山青果脚色 証拠/関口次郎作

河合武雄、喜多村緑郎合同劇:本郷座九月興行
本郷座 昭和2年9月3日
内容:紅蜘蛛奇譚/小酒井不木作 黒牡丹社/南惠三原作、音羽六藏脚色 新四谷怪談/瀬戸英一作


 人名の漢字がレコードによって異なっているし、「紅蜘蛛奇譚」は「綺」の字を使っているのではないかと思われるが、とりあえず確認出来るまでは参照したデータをそのまま記載しておく。「龍門党異聞」台本の書誌データは下記の通り。


龍門党異聞:全3幕7場/小酒井不木作
88丁;24cm


 所蔵データの存在については浦部圭さんから教えて頂いた。

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『ロ・ヲ・ド・ク』

『ロ・ヲ・ド・ク』

 北海道文化放送の深夜番組。アナウンサーによる文学作品の朗読で、2004年6月2日(水)の放送では、小酒井不木「死体蝋燭」が取り上げられたそうだ。
(情報提供:浦部圭様)

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(翻刻)壁 / 大倉燁子

 A青年の眼といつたら、若い女達の間では評判だつた。にごりのない、清らかに澄んだ殊に右眼が素晴らしく美しい。
 彼に召集命令が来た時、一番心配したのはS嬢だつた。彼女は弾丸除けのお守護札というのを受けついでに霊媒に彼の運勢をみてもらつた。
「長命ですよ。召集は免れます」
といつた。
 S嬢は霊媒なんかに頼ろうとしたのを恥ぢた。
 笑はれるのを承知で、彼にお札を渡すと
「こんなもので弾丸が除けられるなら戦死者は一人もいなくなる。僕はもつと、もつと、確実なものを持つているから、戦争にはゆかにず(原文ママ)すむと思ふ」
「確実なものツて?」
「それは僕の秘密だ、君にだつて話せないよ」
 果して、彼は一週間後に召集解除となつて帰つて来た。
 どういふ理由で解除になつたのか、そんなことを詮議する必要はなかつた。彼女はただ彼が戦争にいつてくれさへしなければ嬉しかつた。
 ある日、彼は左眼に眼帯をしてステツキをつきながら、彼女を訪問した。
「眼に塵が入つてね、それをこすつたら結膜炎を起した」と悲しそうにいつた。
 彼が帰る時は、一足おくれた彼女は、両手で探ぐりながら家守のやうに壁に取りついて、危ぶなツかしい足どりでそろりゝゝゝと二階の階段を降りて行く彼を見た。
「まるで、お盲目さんのやうねオホヽヽ」冗談のつもりでいつたのを、彼はぶるツと体を震るはせたかと思ふと
「何? めくら? めくらだつたらどうする?」
 と平き直つた。彼女はハツとした。そして始めて確実なものといふ意味が解つた。彼の美しい右眼は義眼だつたのだ。

初出:『探偵新聞 第35号』 昭和23年8月15日

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