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細川涼一「山本禾太郎「窓」と打出二婦人殺し事件――探偵小説は〈悪女〉をどのように描いたのか――」

(京都橘大学女性歴史文化研究所叢書)『〈悪女〉の文化誌』
鈴木紀子・林久美子・野村幸一郎編著 2005年3月30日発行 晃洋書房 2200円+税

 4月より京都橘女子大学改め京都橘大学の細川涼一先生が(期待通り)またやってくれました。『京都の女性史』(思文閣出版・2002年10月)収録の「小笛事件と山本禾太郎」に引き続き、女性史を書くふりをして山本禾太郎論を書いておられます。
 本稿で細川先生は、山本禾太郎のデビュー短篇「窓」を取り上げ、リアリズム中心といわれる山本の作風に潜む「作為」を焙り出してゆきます。まず、「窓」が実際の事件に取材した作品、とされていながら誰も具体的に何時起こった何という事件なのか確認しなかった点について、それが「打出二婦人殺し」であることを指摘。さらにそこから、実際の事件と作品との相違点に言及し、「窓」が歴としたフィクションであることを証明しています。ここまでが前半部。〈悪女〉出て来ないー。

 そして後半、山本禾太郎が虚構としての「窓」で描こうとしたテーマは何か、という問題に入るとようやく〈悪女〉登場。
 うーん、家父長制の下で欲望をひたすら押さえつけられる存在であった戦前女性の中から生まれる〈悪女〉は、受動的な、ささやかな存在としてしか探偵小説の中では描かれ得なかった、という指摘は、あくまでも創作「窓」のとらえ方として考えた時には面白いと思うんですが、戦前探偵小説が描き得たのは受動的な〈悪女〉、という結論自体は本当のところどうなのか……。江戸川乱歩「お勢登場」という、これ以上ないくらい特徴的な〈悪女〉サンプルを用いず、大下宇陀児の「悪女」を分析の対象としたところに、何か意図的なものを感じないでもないですし。

 ちなみに細川先生、大学の紀要の方にも「橋本五郎伝ノート――探偵作家の南方徴用――」(『京都橘女子大学研究紀要』第31号・2005年1 月)なんて論文を発表されておられます。

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