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小酒井不木書簡の翻刻公開に際して

 著作権切れの小説を翻刻するのとは違い、色々とデリケートな問題をはらむ可能性のある資料だと思いますので、どんな手続きを踏んで公開に至ったのか、そのうち忘れてしまうであろう自分自身を信用せず記録を残しておく意味で、簡単にまとめておきます。

 昨年9月くらいから紆余曲折あって、『子不語の夢』の版元から私の手掛けた原稿を引きあげたのが昨年12月のこと。その間に小酒井不木書簡の翻刻原稿と拙稿「不木が乱歩に夢みたもの」についてはウェブサイトで公開したい旨の希望を伝え、ご了承頂いていました。そこで改めて書簡の所有者である平井家の代表として平井憲太郎さんに、遺族の代表として小酒井美智子さんにそれぞれご挨拶申し上げ、公開についてご快諾頂いたのが3月。これで小酒井不木書簡翻刻原稿を公開することに関しての障壁は何も無くなりました。そして、そうした交渉の間にも非常にゆっくりしたペースではありましたが html 文書化作業を進めていましたので、ゴールデンウィーク明けくらいには公開の準備も出来上がっていたのです。

 ではそれから一ヶ月、私は何をしていたのかといいますと、うじうじと考えておりました。このテキストは公開に足るだけの校閲を受けているだろうか、なんていうようなことを。『子不語の夢』の時の私は確かに小酒井不木書簡翻刻の担当者・責任者ではありましたが、本づくりの過程においては、監修者・編者がいて、そしてさまざまな形で助言をくれる他の執筆者がいました。何とはなしに、ですが責任を分担して頂いていたようなところが確かにあったわけです。それを今度は自分のサイトで、自分が起こした原稿として公開するとなれば、今度こそ責任は自分一人にかかってきます。それでいまさら、「このテキストでいいのか!?」と自問自答を始めたという次第。我ながらだらしないというか何というか。
 これを惰弱なる自己の発見、という風に見ることも出来ますが(そしてそれは多分真実なのですが)、しかしまた、新しい段階に自分の意識が到達したが故に見えた弱さ、という風にも言えるだろう、と私自身は分析しています。何しろ、中相作、本多正一、浜田雄介、小松史生子、末永昭二、村上裕徳、なんていう錚々たるメンバーとそれこそ半年くらい集中的にお仕事をさせて頂いたわけですから、それはそれは勉強になったのです。少なくともテキストに対した時に要求される注意深さ、という点に関しては、中さんクラスの人からみればまだまだだとしても、数段レベルが上がったと思っております。

 そんな眼で眺めたときに、今回の翻刻原稿は「まだまだ物足りない」テキストなのです。その上、おそらくあと何回読み返したところで「完璧」と自信を持って言えるはずもない、ということもわかっています。足りないことが判るのと、それを補う能力があるのとは別問題ですから。
 となれば、今私に出来ることは何でしょう。不完全と自認するテキストを公開すること――以前の私なら何も気にせずそうしていた筈です。ただ、今の私には、テキストに対して真摯であれ、という自分自身からの戒めの言葉がずっと聞こえています。不完全なものを不完全と知りながら公開することへの抵抗感、恥ずかしさのようなものは、皆さんとのお仕事の中で私の中に芽生え、しっかりと根を下ろしているようです。
 そうなるともう堂々巡り。一ヶ月考えようが、たぶんあと一年くらい考えようが、どうにもなりません。ですから、ここはムリヤリ「初心に返る」ことに致しました。私がこんなサイトを細々と運営している理由は、小酒井不木という作家の活動を追体験するためです。その結果がたまたま小説の翻刻であったり、著作リストであったりするに過ぎません。だったら、今回の書簡テキストにしたところで、たまたまいつもより校正に時間をかけたというだけで、いつものごとく、小酒井不木なりきりごっこのおまけに過ぎないじゃないか、と、そういうムチャクチャな話で押し通してしまおうというわけです。
 今回江戸川乱歩に宛てた書簡を一つ一つ翻刻し、不木が乱歩への思いをつづった時間と同じかそれ以上の時間をかけて紙の上に乱歩への思いをなぞった私は、ものすごく貴重な体験をしたじゃないか、これ以上何が必要か、そう思って、テキストそのものの出来には眼をつぶることにしました。

 今回翻刻した書簡テキストは、今までに翻刻したどんなテキストよりも時間をかけて校正しました。しかし、それでも不完全な代物です。そのつもりで、眉に唾を付けてご覧下さい。長々と記しましたが何のことはない、言いたいことはこれだけです(笑)。

「翻刻ライブラリ(書簡編)」:『小酒井不木より江戸川乱歩への書簡 全』

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