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山本禾太郎における事実と虚構――「窓」「小坂町事件」を中心に――

 細川涼一 『京都橘大学大学院研究論集 文学研究科5号』 2007年3月発行

 最近では論創ミステリの解題にしばしば登場していらっしゃる細川涼一先生ですが、あいかわらず精力的に戦前探偵小説に関する研究を進めておられます。抜き刷りをご恵投頂いてから大分時間が経ってしまいましたが、内容をご紹介致しましょう。

 山本禾太郎については以前「小笛事件と山本禾太郎」(『京都の女性史』2002年)を書いておられて、その時は裁判記録を材料に、山本禾太郎の創作作法、というようなところを分析していたと記憶しておりますが、本稿のテーマは、山本禾太郎における「探偵小説としての実在事件の虚構化の意味を考え」る、というもの。実話をどう扱うか、から、さらに踏み込んで、それで何を描くのか、を考えてみようということでしょう。本稿の意味づけとして、とりあえず次の一段落を引用しておきましょう。

『小笛事件』のノンフィクション・ノベルとしての印象があまりにも強すぎたためもあってか、禾太郎の探偵小説をめぐっては、『小笛事件』以外は素材とした実在事件の特定がなされないまま、ドキュメンタリズムの方法がその特徴として指摘されてきたといえよう。しかし、デビュー作「窓」を、素材とした実在の「打出二美人殺し」事件と比較すると、「私は此事件を記述するに当つて、私自身の創作的作為を、少しも加へたくないと思ふ」という冒頭の言葉にも関わらず、「窓」はほぼフィクションといっていいまでに虚構化が加えられていることに気づくであろう。

 調べもしないで思い込みや決めつけで済ましてちゃイカン、とハッとさせられる話です。さて、そこで、実際の事件を「虚構化」することで山本禾太郎が描こうとしたテーマは何だったのか、ということになるわけですが、細川先生はそこに、「近代社会の片隅に吹き寄せられていった、歴史に個人としての座を占めることのない無名の人々の境涯」を描こうと志向した作家・山本禾太郎の姿を見るわけです。ここら辺は正しいとか何とかいうより、完全に細川先生の趣味だなあ、と思って味わうべきでしょう。小笛事件の論考もそんな感じでありました。
 細川論を敷衍して解釈して行くと、戦前ミステリというのがけっこう「人間を描く」文学であることになったりするわけですが、その点、私は非常に面白いと思って賛同しております。

 興味が湧いた方はどこかの図書館にでも赴いて是非ご一読下さい。論創ミステリの『山本禾太郎探偵小説選』からも漏れている「涼み床机の怪談三つ」(『神戸新聞』1934年7月21日・24日)という小品も全文紹介されていて、ちょっとお得な論考ともいえます(笑)。

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