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小酒井不木の航海日記

 留学先で結核のため研究が続けられなくなった小酒井不木は、パリで療養を続けながら状態の恢復を待って帰国する事になります。その船中での出来事、感想が書かれているのが「大正九年 航海日記」です。大正9年9月末~10月末までの約1ヶ月間の日記で、帰国途中(インド経由ベトナム付近)で終わっています。
 一度は異郷での死を覚悟しながら、ようやく恢復して祖国へ帰る船に乗る事が出来た不木の感慨は相当なものだったに違いありません。大正9年前半の日記に比べ、少なくとも「航海日記」の筆者の筆からは死を目前にしている恐怖・不安は感じ取れません。むしろ再び少しずつではありますが、自らの生きる世界を観察しようというまなざしが復活している事が伺われるかと思います。

 そして参考までに。以前翻刻した「巴里のおもひ出」は不木のパリ療養時代、帰国する直前までの時期の回想です。不木もし健康であれば、パスツール研究所で一躍名を為した日本人医学者となっていた事でしょう。そしてそれは多分探偵小説作家・小酒井不木の存在しない別の人生となっていた筈です。

いづれにしても、あの頃の私は、とても今日の程度に恢復しやうとは思ひも寄らなかつたのであるが、今日のやうな程度に恢復したゝめ、却つて御世話になつた人々の恩を忘れかけやうとして居るのである。ブラン氏はあれだけ度々診察に来てくれて、遂に料金を取つてくれなかつた。フランスでは医師同志は料金を取らないからといふのである。そのブラン氏に対しても私は久しく音信を怠つて居る。ブラン氏ばかりでなく、及能博士、島博士、名和君に対しても御無沙汰をして居る。「恩知らず」と罵られても、私には弁解の言葉がないのである。
(「巴里のおもひ出」)

 不可抗力とはいえ、人生の挫折を味わった不木の複雑な胸の内が、この「恩を忘れ」「御無沙汰」を呼んでいるのではないかという気もするのですが、深読みに過ぎるでしょうか。

(翻刻ライブラリ)
「大正九年 航海日記」 / 「巴里のおもひ出」
(記 2003/6/12)

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