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「アイロニー」のモデル

 小酒井不木の日記、大正7年10月分より。

 彼は当時アメリカで研究に励んでいましたが、10月6日から発熱、体調不良の為床につきます。

十月六日
Sunday. 晴。朝丸井君来る。今日何となくFever Feelingありて面白からず。午食を共に支那料理に出かけ、帰りて寝たり。熱高し。
十月七日
Monday. 晴。三十九度近くの熱ありて百二十のPulseなり。一日中家にとぢこもる。
十月八日
Tuesday. 晴。丸井君来てくれる。高木、中村両君来らる。熱去らずSneezing甚し。蓋しSpanish Influenzaに間違ひなし。
(「日記」大正7年10月)

 彼の体調は留学生仲間の看病や見舞いのお陰で10月の末には無事回復しますが、不木は病床にいる間に留学生仲間の一人、中村雅次郎の訃報に接する事になりました。肺炎だったそうですが、時期からして、これも流行のインフルエンザにやられた為だったのかもしれません。

 小酒井不木の創作「アイロニー」(『医文学』大正14年8月号)は、探偵小説ではなく、自分自身の留学時代の経験に基づいた小説で、花田という主人公がインフルエンザに罹り、病床で村山・中島という二人の友人の訃報を聞く、というのが物語の大筋です。今回大正7年10月の日記を翻刻しながら、フルー(インフルエンザ)、カワゾヘ(川添)の鮨、発熱(二度)、と次々と符合する状況に、ああ「アイロニー」はかなり実話に近い創作だったのだな、と感じた次第。
 肺炎で死んだ村山の葬式を万端手配してくれた中島が今度は……、という小説の展開は不木が考えたフィクションではなかろうか、とさすがに思いますが、異国の地で病に臥し、孤独感と不安感の中で友人の死の報を聞く、という経験がもたらした感情は、十分過ぎるほど作品に込められていると思われます。日記共々、興味がありましたらご一読下さい。

「小酒井不木日記:大正7年10月」 / 小説「アイロニー」
(記 2003/4/4)

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