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小酒井不木全集秘話

 秘話といっても公然と語られている秘話ですが。
 不木全集刊行の実務については岡戸武平の自伝『全力投球』にあるように、岡戸と改造社のMさんがとにかく頑張ったのだ、という事で話が済んでしまいますので、不木全集の版元が改造社に決まった経緯とその後について少々。

 小酒井不木逝去の直後、全集の出版を打診したのは改造社の他に春陽堂がありました。片や『世界大衆文学全集』で全集ブームの火付け役となった改造社、片や小酒井不木の大ベストセラー『闘病術』、処女短編集『恋愛曲線』の版元である春陽堂、どちらも譲りません。ここで条件面の話し合い等両社との折衝にあたったのが江戸川乱歩です。

 処女作「二銭銅貨」に推薦文を寄せてくれて以来、スランプに苦しんだ時には励ましの手紙をくれ、放浪中に金が無くなって立ち寄れば何も言わずに援助して くれ、二十一日会への参加や耽綺社への参加を呼びかけて作家としての自分をいつも見守っていてくれた小酒井不木――彼の死によって経済的に苦しくなるであ ろう未亡人と二人の子供の事が念頭にあったのでしょう、乱歩は印税収入を遺族がより多く得られそうな方――改造社を選択しました。

春陽堂には従来小酒井氏の単行本を出した縁故があるのだけれど、伝統の地味な営業方針で、大部数出せるかどうかあやぶまれた。私 としては遺族の印税収入のこともあり、出来るだけ大部数出版させたかった。ある人々は、そんなに大衆的にしないで、たとえ部数は少なくても高価な上品な本 にした方がいいだろうといった。しかし、小酒井氏は探偵小説の大衆的進出を唱えて書きまくった人だ。専門の医学にしても、研究室にとじこもる趣味も、むろ んあったけれども、その専門知識を通俗的にくだいて、広く大衆を救いたいという気持を持っていた人だ(中略)そういう点から、私は大部数主義が故人の意志 に反するものでないことを信じていた。 (江戸川乱歩『探偵小説四十年』より)

 春陽堂とすれば“探偵小説作家”の小酒井不木と共に歩んだ出版社としての誇りもあり、仕方のない事とはいえ相当悔しいものがあったに違いありません。
 春陽堂は不木の生前、8冊の著書を刊行しています。その中に先に述べた『闘病術』『恋愛曲線』の他、『近代犯罪研究』『犯罪文学研究』といった不木の代 表的な仕事である犯罪に関する随筆集が含まれます。探偵小説作家・小酒井不木の全集を編むなら自社で、という思いが一番強かった出版社は間違いなく春陽堂 でした。不木全集の刊行は昭和4年5月からですが、同年10月、春陽堂の『探偵小説全集』第2巻として編まれた小酒井不木集では、不木全集第三巻(同年5 月)、第四巻(同年8月)に収められなかった小説作品がずらりと並びます。春陽堂にしてみれば意地をかけたアピールでした。しかしその後不木全集は大増 冊、特に1年後に出た第十六巻(昭和5年9月)、第十七巻(同年10月・完結)あたりの探偵小説集ではそれらの作品も全て収められてしまいます。今度は改 造社の方が意地を見せた事になりました。
 両社の意地の張り合いが不木全集の厚みとなって今に生きている、と言っても言い過ぎではないでしょう。

 昭和4年4月3日、小酒井不木の葬儀の当日に改造社から届いたお悔やみの手紙には本当にいち早く全集刊行についての打診が記されていますが、この書簡は現在蟹江町歴史民俗資料館が所蔵しています。
(記 2004/1/13)

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