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細川涼一「小笛事件と山本禾太郎」

『京都の女性史』 京都橘女子大学女性歴史文化研究所編
思文閣出版 2002年10月14日発行 ¥2,400(税別)

 細川涼一先生から頂いたこの本、京都橘女子大学女性歴史文化研究所の「京都の歴史と女性」研究プロジェクトチームの成果発表であると同時に、京都橘女子学園創立100周年記念出版だそうで、非常に立派な本であった。中世・近世・近代の女性達をそれぞれピックアップして論じる事で、彼女たちの属した階層の女性像を浮かび上がらせて行こうという試みが為されている。その中でも細川先生の書かれた「小笛事件と山本禾太郎」は何ともいえぬ異彩を放つ(笑)。

 プロジェクトチームの責任者でもある細川先生は「あとがき」で「この事件をあらためて当時の新聞や裁判記録から復原し、平松小笛・千歳母娘の死に至るま でに、都市京都に流入した一九二〇年代の零細な都市生活者の姿を見ようとしたものである。」と自ら論文に簡単な説明を加えているが、それと同時に、実際の 小笛事件の報道及び捜査資料をノンフィクションの体裁で書かれた山本禾太郎の『小笛事件』と改めて比較する事で作家・山本禾太郎の特性の再評価を試みたも のといえる。
『小笛事件』について書かれた論文といえば山下武先生の「『小笛事件』の謎」(『探偵小説の饗宴』青弓社・1990年11月)がほぼ唯一の成果、山本禾太 郎論という風に拡げても権田萬治先生の『日本探偵作家論』に収められた「漆黒の闇の中の目撃者」があるくらいの筈だから、まずは本格的な山本禾太郎論の登 場を喜びたい。

 細川論は先行する山下論を一部批判する形で下敷きにしている。批判の中心となっているのは山下先生が「大向うをねらった厳窟王的裁判劇にあったと しか思われない」と「揶揄」した『小笛事件』後半部の内容理解で、山下先生が解釈の根拠とした文章は被告・広川の手記そのままであり、作家・山本禾太郎に よる演出ではない、という点を強調、山下論の資料分析の不備を指摘している。
 一読すればわかるが、山下論は小説『小笛事件』の内容に完全にのっとり、そこに書かれた事柄、書かれなかった(書き得なかった)事柄を解釈してゆく事で 作家・山本禾太郎の作家的特性を導き出そうとするものだ。その点細川論とは、作家の特性を論じるという点では同じでも、アプローチの方向性は全く異なる。 その点から言うと、今まで誰かやっていそうでやっていなかった、当時の新聞報道及び死体の鑑定結果・裁判資料を徹底的に読み込む事で小笛事件の実態をあぶ り出し、その上でノンフィクション小説である『小笛事件』が作家による装飾をほぼ廃した作品である事を改めて証明した細川論の功績は大きい。とはいえ『小 笛事件』の作品解釈を通して、現実問題としての被告・広川の無罪判決にまで疑念を唱える結果になってしまった山下論のスリリングな展開は、事実の証明とい うのとはまた違った観点と面白さを持つ。これは論文としての差異であって優劣ではない。
 ともあれ、山本禾太郎ファンはどちらの論文も必読であろう。といってもそんなファンはいないだろうから、ちょっとだけ興味あるかな、という人達にもお薦めしておく。両論文、読み比べてみると面白いと思う。
(記 2002/11/10~11)

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