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米田三星論ノート

「米田三星論ノート――探偵小説と医学――」細川涼一(『ヒストリア 第177号』大阪歴史学会・2001年11月10日発行)

 歴史学者である細川先生が注目したのは、「告げ口心臓」におけるハンセン病の取り扱い。そう、これは医学に基づく差別言説をめぐる史学的論考だったのだ。本稿ではハンセン病を扱った小説あるいはハンセン病治療・ハンセン病患者をモデルとした小説として、他に、大下宇陀児の「蛭川博士」、正木不如丘の「執念」、小酒井不木の「直接証拠」、小栗虫太郎の「失楽園殺人事件」が取り扱われているが、細川先生は米田の「告げ口心臓」こそ、「ハンセン病を強制隔離すべき伝染病とする立場で創作された、最初の探偵小説である」と述べている。
 氏は結論として、そうした優生主義に基づく国家の医療政策を無批判に材料に取り入れた米田ら探偵小説作家の自由な発表の場を奪っていったのは、同じく国家による、戦時体制に伴う圧力だったとしている。枚数の都合もあるだろうが、このパターンの大雑把な結論は読み飽きた、というのが正直な感想だ。時局に迎合する文章・作品を書いた、と米田作品と並べて例示されている木々高太郎や守友恒についても、多くの作品の中から、結論に合致させるに適当な材料をわざわざ選別して持って来たように見えてしまうところがあり、個々の作品に対する分析や、作品相互あるいは作者―読者間での影響力・関係性についての分析が不足している感は否めない。
 また同時に小酒井不木、大下宇陀児の作品と比較して、米田の病者に対するデリカシーの欠落にかなり批判的な分析を加えているが、医学の発達という時代的制約と作家個人の資質との関わり合いについて、またそれぞれのレベルにおける評価について、論者の立場が今一つ明確に見えて来ないようにも思われた。

 先行者・小酒井不木の亜流としての立場に嫌悪感を感じ、木々高太郎の文才に打ちのめされて筆を折ったとされる作家、米田三星のアイデンティティに肉迫する分析を期待していたのだが、「国家」や「探偵小説」という、イデオロギーやジャンルといった性質の問題に回収されてしまったのは残念だった。しかし国家によるハンセン病患者隔離政策を背景として探偵小説の「語り」の問題へと踏み込んで行く、という立場を、歴史学の方面から示された事については非常に得る所が大きい。
(記 2002/2/17)

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