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全力投球 ―武平半生記―(第六話)

 森下雨村の「では博文館へ拾ってやろうか」の一言で、「ここに私の運命に思いがけない道の開けるきッかけとなった」岡戸武平ですが、彼には博文館に入社するより先に、東京でやらなくてはいけない仕事がありました。江戸川乱歩の『探偵小説四十年』にこんな風に書いてあります。

岡戸武平君は昔私が大阪時事新報に半年ほど入社していたとき、机を並べた先輩で、年齢は私より五六歳下だったけれども、記者としては教えを受けた間柄であった。(中略)その岡戸君が小酒井さんの著述の手伝いをしていることは、耽綺社の会合で名古屋へ行ったときにわかり、そこで旧交をあたためたのだが、そういう縁から、私は岡戸君に「不木全集」の編集をたのみ、改造社から岡戸君に月給を出させ、名古屋から上京して一年ほどのあいだ、全集の仕事をつづけてもらったわけであった。

『小酒井不木全集』編集の依頼は、次のようにやって来ました。

昭和四年四月十日頃であった。女房は勤めに出て私一人家居し、小酒井先生亡きあとの生活設計を考えたり、中村遊廓の彼女のことなど思ったり、たわいのない回想に耽っている時、一通の電報を受取った。一向に心当りのない電報である。発信人を見るとランポとある。しかも五十円の電報為替で、
「ゼンシユーカイゾウシヤニキマルスグコイ」
(全集改造社に決るすぐ来い)
の電文である。いうまでもなく小酒井不木全集発行のことで、春陽堂と改造社のセリ合いとなっていたのが、種々な条件から改造社発行と決定したのである。この頃全集と名のつく出版物が続出し、もはや全集時代もこれまでかと思われたが、案外購買力は衰えず、小酒井不木全集の発行も改造社と春陽堂のセリ合いになっていた。その間江戸川乱歩が交渉の結果、改造社と決定し、その編集の一員に私の上京をうながす電報となったのである。

 この依頼を受けた岡戸は快諾。早速、乱歩と改造社の編集員に逢う為上京します。といいながら、乱歩の経営する下宿・緑館を訪れた当日、乱歩に乞うて真っ先に玉の井の私娼窟へ遊びに行ったり(岡戸曰く「実地踏査」)しているようですが。
 それからすぐ、小酒井不木全集第一巻の校正が上がってきたのを機に、岡戸は印刷所に近いという事で白山御殿町に居を構えました。引っ越した当日池之端の待合いで遊び性病を移されるなどのトラブルに見舞われながら、岡戸は1年以上に渉って不木全集の編集作業に没頭する事になるのです。

(第七話に続く)
(記 2003/12/26)

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