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全力投球 ―武平半生記― (第一話)

岡戸武平 中部経済新聞社 昭和58年12月31日発行 10000円

 エロ街道まっしぐら、全力投球ってそっちかよ、って感じの、岡戸武平の艶聞告白記です。元々、「私の性歴」というタイトルで新聞に連載されたのを単行本にまとめたものだそうで。(岡戸武平の友人宛書簡による)
 明治30年生まれの岡戸はこの時86歳。名古屋文壇の長老格で、企業の社史執筆などの仕事を通して立場的にかなり力を持っていた為か、内容がそんななのにやたら豪華で立派な記念本になってしまいました。赤裸々というか開けっぴろげというか、エロ耐性の無い方は少々気分が悪くなるかもしれません。逆にエロには目がなくて、という方には必読の書です。ある意味世の男性諸氏に勇気を与えてくれる本ではあります。

 回想には当然小酒井不木に世話になった時のエピソードも少なからず出て来るのですが、エロ話とエロ話の間に不木の葬式が挟まるという、小酒井不木ファンの心理に沿っているとは到底言い難い扱いになっています。繰り返しますがエロの方がメインテーマだから仕方ないんですが。

 しかし、所詮エロ話の繋ぎであってもそこは岡戸武平、人生の一時期を二人三脚で過ごした小酒井不木に関して色々と参考になる話を書いておいてくれました。そのあたりをぼちぼち紹介してゆこうかと思います。まずは岡戸武平と小酒井不木、運命の出会いの巻。大正10年頃、岡戸武平は名古屋新聞から大阪時事新報社に移り、新聞記者生活を続けていましたが、結核に感染してしまいます。療養所に入所した岡戸は生死の境を彷徨う程病状が一時悪化、婚約者にも去られてしまいました。

大阪の女からの縁切状は私の病状に敏感にひびいて発熱がつづき、血痰も見えた。さりとて返事を待っているであろうと思うと、早く返事を出したいものの、その意力もなく四、五日は経ってしまった。発熱は依然として続き食欲もない。さぞ返事を待っているだろうと思うと何とか起き上って要件だけでも書こうとしたが、それすら出来ず二、三日はそんな悩みで明け暮れ、結局「君のいいようにしてくれ。残念だが致方ない。宿命とあきらめる」と便箋一枚にも足りない短信で、この婚約を反古にした。私としては残念でならなかったが、それ以上に生命の危機にさらされていた時なので、第三者が想像するほど悲痛な打撃はなかった。それより早くこの病気を治して再生することだとの意欲が先に立って、精神を作興してくれたのは不幸中の幸いであった。後に「闘病術」を執筆するときにも、この時代の苦悩を想起して同病に悩む人々の心を喚起するために「病気と恋愛」について私見を述べた。と言っても彼女が一通の手紙だけで婚約を破棄する一方的な冷めたい態度は(私が生死の境を彷徨している時だけに)涙が出た。そしてこれが大阪女の習性かなとも思った。

 その後何とか健康を回復するわけですが、まだ新聞記者という激務は務まりません。そこで知人に相談し、当時既に探偵小説作家として有名であった小酒井不木の助手に推薦して貰う事になりました。

私は健康体にもなり、そろそろ退所を命じられる時期でもあったので適当な下宿先と生活費のことを考えねばならぬ時期となった。
(いざとなればもう一度名古屋新聞へ就職すればいい)
と考えたが復社をして、激しい勤務のため病気が再発するようなことがあっては取り返しがつかない。自由勤務の仕事はないものかと、その頃「医海」という雑誌を発行していた小尾君に相談すると、
「よし、心当りがあるから早速話してみよう」
と自信ありげな表情でいって呉れた。一週間ほどたつと小尾君から手紙が来て、希望通りの仕事が見つかったから至急左記の人を訪問して直接話を聞けという返事があった。その人が小酒井不木先生である。当時すでに探偵小説の売れッ子になっていて、私もその名前は先刻知っていた。
「まさか探偵小説を書けというんじゃないだろうね」
と小尾君をたずねた時いったら、
「そうじゃない。肺病の経験談のような話だった」
「それなら僕だって書ける。早速先生を訪問しよう」
と、その翌日小酒井氏邸をおとずれた。手土産に山で切った梅もどきを持って行った記憶があるから、その年も残り少ない初冬のことであったろう。私の人生の転換期であると共に、結婚への道も開かれ舞台は一転する。

 岡戸が不木の許を訪れたのは、どうやら大正14年冬の事のようです。
 ちなみに「医海」というのは不木全集の執筆年表(大正13年)にある、「医海及人間」と同じものでしょうか。だとしたら小酒井不木の「職業的毒殺者」「タランチユラ踊」等の随筆が掲載された事のある雑誌(実物未確認)です。

(第二話へ続く)
(記 2003/12/16)

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