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『大倉燁子探偵小説選』

『大倉燁子探偵小説選』

論創ミステリ叢書49 『大倉燁子探偵小説選』 論創社 2011年4月30日初版第1刷発行 定価3200円(税別)

(創作篇)
妖影
消えた霊媒女(ミヂアム)
情鬼
蛇性の執念
鉄の処女
機密の魅惑
耳香水
むかでの跫音
黒猫十三(とみ)
鳩つかひ
梟の眼
青い風呂敷包
美人鷹匠
深夜の客
鷺娘
魂の喘ぎ
和製椿姫
あの顔
魔性の女
恐怖の幻兵団員

(随筆篇)
心霊の抱く金塊
素晴しい記念品
蘭郁二郎氏の処女作――「夢鬼」を読みて――
今年の抱負
最初の印象
アンケート

「解題」横井司


 有名な国学者の娘で、『青鞜』にも参加した「新しい女」で、二葉亭四迷、夏目漱石に師事した探偵小説作家なんて、歴史上この人しかいないぜ。初期短篇集『踊る影絵』収録作を中心に戦後作品までをまとめた、まさにベストセレクション。大倉燁子の著書として刊行されるのはなんと55年ぶりの快挙だ。俺は可愛らしい声で叫ぶのでした。「横井先生バンザーイ」「論創社バンザーイ」

 横井さんが「解題」で言及して下さってる拙稿は、2001年~2002年くらいに取材して書いたもの。資料的な不備や不勉強な部分も多かったが、今回横井さんがきっちりフォローして下さって、大倉燁子の作家像をまとめるのに少しは役立っているようだ。

 今回、「和製椿姫」(『仮面』昭和23年5月号)が、やはり「椿姫ものがたり」(『探偵倶楽部』昭和34年2月号)の原型だったことがわかった。「椿姫ものがたり」は大倉燁子が最後に発表した作品にあたり、俺にとっての作家・大倉燁子のイメージがそれで一応の完結を見る、大事な作品なのだ。
 大倉燁子の生涯は華やかで奔放で波乱に満ちていて、そして決して幸福とは言えないものだった。作家としての評価も含めて。だが、離婚して息子と別れることになっても、愛人に貢ぐだけ貢いで借金まみれになっても、そのせいで厄介になっていた妹の土地家屋まで手放すことになり、姪御さん以外の親類からほとんど相手にされなくなってしまっても(これら全部、冗談じゃなくて事実だ)、とにかく小説を書くことをやめなかった。世間の読者からはたいした評価もされず、むしろバカにされ兼ねないほど荒唐無稽な物語を、とにかく誰よりも量産し続けた作家だった。そんな大倉燁子の作家像が、俺は「椿姫ものがたり」の主人公に重なると思った。
 だから俺は、「伝記・大倉燁子」の結びをこんな風に書いたのだ。

**********
 資産家・東山の夫人、美耶子が失踪した。美耶子は重病に冒され、一人では出歩く事も出来ない。失踪に手を貸したのは美耶子の昔なじみの男である事はすぐに知れた。男は現在売り出し中の歌手で、評判の良い青年。東山に依頼された私立探偵の「私」はその青年の許を訪れ、来意を告げる。
 美耶子はかつて「和製椿姫」とうたわれた女優だった。贅沢で、いつでも華やかな生活をしていなくてはいられない性分。東山と結婚した当初は良かったが、現在事業はうまくいっておらず、東山は派手好きでわがままな妻を持て余していた。美耶子が病気で倒れても医者にもかけず、一室に閉じ込めている有様。ただ世間体があるのでとにかく妻を取り戻したいだけなのだ。
 青年は「私」にそうした事情を説明し、美耶子に会わせる。美耶子は精神を病み、すでに自分が何者であるか、夢と現実の区別もつかないところにいた。

「あのひとは夢を見ているんです。自分をほんとうの椿姫だと思いこんで――」

 美耶子は青年の用意した一室で侍女に世話されている。

「夢の世界にいることが、彼女にとつては最上の幸福なのですよ。「和製椿姫」などとうたわれた頃から、和製なんかと云われるのはいやだ、私はほんとの椿姫になりたいと云つていました。それが病気になつて、気が狂うと同時に、小説の中の人になつてしまつたらしいんですね。あれはあの人のながい間のあこがれだつたんでしよう。その理想を実現しているいま、美耶子さんにとつて、これ以上のいい生活はないんです。実に無上の幸福に浸つている。そこなんです。僕がもうしばらくお連れ戻しになることをお待ち下さいと申し上げたのは――、また冷めたい現実の世界に引き戻すのは可哀想です。どこまでも夢を見させて、夢のまんまでこの世を終らせて上げたい」

 青年は美耶子に救われた少年時代の思い出を語る。その時の感謝を少しでも伝える為「せめて僅かの間でも、彼女を心から喜ばせ、満足させて死なせたい、ただそれだけだつたのです」と青年はいう。「私」は美耶子を連れ戻す事を諦め、東山は親戚中に美耶子を入院させたと言いふらした。そして半月後、青年から美耶子が亡くなったと連絡を受けた「私」は、遺体を引き取りに行く。

 彼女は最後まで満足し、彼に感謝しつつ、愉悦の内に息を引き取つたのであろう。彼女にとつて、これほど幸福な期間は今までになかつたに違いない。彼女の胸にはいつものように椿の花が一輪さしてあつた。

 物集芳子の傍に青年はいなかったが、理解者である妹と、娘と、姪がいた。胸に椿の花はなかったが、彼女には小説を書き、空想で自分を慰める才能があった。

 だからきっと、大倉燁子の生涯は幸福だっただろう。

**********

 大倉燁子が夢に描いた物語の数々。その、ちょっといびつで癖のある幸福の形をゆっくり味わって欲しいものだ。

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