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(翻刻)壁 / 大倉燁子

 A青年の眼といつたら、若い女達の間では評判だつた。にごりのない、清らかに澄んだ殊に右眼が素晴らしく美しい。
 彼に召集命令が来た時、一番心配したのはS嬢だつた。彼女は弾丸除けのお守護札というのを受けついでに霊媒に彼の運勢をみてもらつた。
「長命ですよ。召集は免れます」
といつた。
 S嬢は霊媒なんかに頼ろうとしたのを恥ぢた。
 笑はれるのを承知で、彼にお札を渡すと
「こんなもので弾丸が除けられるなら戦死者は一人もいなくなる。僕はもつと、もつと、確実なものを持つているから、戦争にはゆかにず(原文ママ)すむと思ふ」
「確実なものツて?」
「それは僕の秘密だ、君にだつて話せないよ」
 果して、彼は一週間後に召集解除となつて帰つて来た。
 どういふ理由で解除になつたのか、そんなことを詮議する必要はなかつた。彼女はただ彼が戦争にいつてくれさへしなければ嬉しかつた。
 ある日、彼は左眼に眼帯をしてステツキをつきながら、彼女を訪問した。
「眼に塵が入つてね、それをこすつたら結膜炎を起した」と悲しそうにいつた。
 彼が帰る時は、一足おくれた彼女は、両手で探ぐりながら家守のやうに壁に取りついて、危ぶなツかしい足どりでそろりゝゝゝと二階の階段を降りて行く彼を見た。
「まるで、お盲目さんのやうねオホヽヽ」冗談のつもりでいつたのを、彼はぶるツと体を震るはせたかと思ふと
「何? めくら? めくらだつたらどうする?」
 と平き直つた。彼女はハツとした。そして始めて確実なものといふ意味が解つた。彼の美しい右眼は義眼だつたのだ。

初出:『探偵新聞 第35号』 昭和23年8月15日

『探偵新聞』第35号の「探偵コント・コンクール」と銘打たれた特集に掲載された掌編で、その他の掲載作品は、岩田賛「怪談」、星野龍緒「ダイヤの首輪」、香山滋「二十の扉」、桂英二「十三の扉」、武田武彦「プールの殺人」、武野藤介「雨も凶器か」、高岩肇「天誅」、楠田匡介「波」、正岡容「堀江亭」、松井玲子「おとし穴」、東震太郎「心臓盗難事件」、南仙吉「バターと放火」、島田一男「拳銃」。
 コンクールというだけあってハガキでの人気投票がついている。一体どれが1位だったんだろうね。ごく短い枚数できちんとミステリのアイディアを構成した島田一男かな。
 香山滋と桂英二はNHKの人気クイズ番組「二十の扉」ネタがかぶってしまった。救いの無さ、後味の悪さで群を抜くのが楠田匡介と松井玲子。ちなみにこの松井玲子という作家は大倉燁子の娘だ。

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